スキズマトリックス - ブルース・スターリング

スキズマトリックス (ハヤカワ文庫SF)

スキズマトリックス (ハヤカワ文庫SF)

はい。読み終わりました。読むのが難しいお話でした。<工作者>シリーズとしてSF界では有名なこの長篇ですが、正直言ってこの本だけ読んでも、何がなんだか、よくわからないと思います。おれも途中まではよくわからなかったです。

途中まで、というのは何故か。<工作者>シリーズの短篇集である「蝉の女王」にスイッチし、若干遅めの準備運動をしたからです。

蝉の女王 (ハヤカワ文庫SF)

蝉の女王 (ハヤカワ文庫SF)

そのおかげか、途中から少し楽にブルース・スターリングの紡ぎだす世界を少なからず傍観できた気がしました。そう、傍観。どちらかというと傍観していました。読み終わって感じたことは、この物語はスピードが速すぎて頭で理解しようとした途端、どこか遠くに――それはあたかも<投資者>の星間航法のごとく――過ぎ去ってしまうのです。特にクライマックスは大変で、一時間近く湯船につかりながら、という理由もあり、ものすごく駆け足で読み抜けた感があります。

中篇「蝉の女王」を事前に読んでいたことが、理解の助けになりました。「蝉の女王」を読んでいなかったとしたら? 多分、理解不能、だったと思います。

物語は非常に壮大です。舞台となる場所、主人公の名前、姿形は二転三転し、それを取り巻く共演者も、あるものは去り、あるものは再登場し、とにかく人々の流れを追うことに神経をすり減らします。それに付け加え、この物語の世界観や哲学――プリゴジンの複雑性に起因する<ポストヒューマニズム>がどーたらとかいう――が何の前触れもなく文章の中に踊り出るショックを軽く受け流すことが必要になります。

「スキズマトリックス」の正しい読み方があるとすれば、それは、

1.「蝉の女王」短篇、中篇――とにかく全て――を読破
2.「蝉の女王」<著者あとがき>――地平線のない世界――を読破
この世界を構築した著者の心情を少しでも理解しよう。
3.「スキズマトリックス」 訳者あとがき、を読破
この中に非常に重要な要素が書かれています。特に「幻日」に関する記述――太陽のまわりに光の屈折で見える幻の交点をさすサンドッグは、ここではそのドッグ[犬]という言葉のニュアンスから社会の底辺に追いこまれたコロニー亡命者をさし――は序盤の"幻日(サンドッグ)ゾーン"でまごつかないためのものと言えるでしょう。事実、このあとがきは、始めに読めと言わんばかりの文章――ごゆっくりお楽しみください――で締めくくられています。
4. 「スキズマトリックス」本編を読破
5. 「蝉の女王」訳者あとがきを読み納得(特に年表)

このような道筋が一番ではないかと思いました。惜しむらくは「蝉の女王」がすでに絶版という事実。「スキズマトリックス」は「蝉の女王」とセットで然るべき。そういった意味では、不完全な小説なのかもしれません。

ですが、これほど長ったらしい、レビューというよりも解説を書かせるだけの魅力を持った小説だということは間違いない。