アルフレッド・ベスター/虎よ、虎よ!

以前、友人らとキャラメルボックス公演の「クロノス・ジョウンターの伝説」を原作にした芝居を観たが、物質を過去に飛ばすことのできる装置「クロノス・ジョウンター」には元ネタがあった。「虎よ、虎よ!」の舞台では一般的な、テレポーテーション能力「ジョウント」だ。

おれは新装版を買ったので、最後のページの発効日を鵜呑みにして、結構新しい小説なのかな、などと思っていた。全体的な雰囲気が「スキズ・マトリックス」っぽいなあ、などとも感じていたが、それはまったくの勘違いで、「スキズ・マトリックス」が「虎よ、虎よ!」を(きっと)お手本にしていたのだ。これは1956年のSF古典だ。

優れた古典を読むと、リアルタイムでこの話を新刊として受け取りたかったと、残念に思う一方で、ある作品の元ネタを追い、そして改めて古典に感服するという、また違った楽しみ方ができる。

「虎よ、虎よ!」以降の様々なSF作品が影響を受けているのは、紛れもなくこの古典が傑作だからだ。

特に終盤の疾走感。

分厚い本を読んでいると中盤くらいで、終盤の文脈やら状況やらが気になり、読まないまでもパラパラとページをめくることがある。そのとき、目に飛び込んできた。ネタバレしたくないので詳しくは書かないが、これはある種、反則ワザともいえるだろう。通常は上から下へ縦に綴られる文章を、違った感覚で表現することをベスターはやってのけた。それからは、早くそのページにたどり着きたい一心で、話を読み進めた。

やはりSF小説は楽しい。というか、SFという枠に括るのはもったいない超一流エンタテインメント小説だ。あの表現が格調高い文学作品に許されるとは思わないが、それでも活字表現というメディアに可能性を感じずにはいられない前衛的な作品だ。それがたとえ50年前の作品だったとしても。