いのちの食べ方をみた。
ロングラン上映のおかげで、しばらくDVD化もレンタルもされなかったが、ツタヤを覗いたら新作として置いてあったので、やっと鑑賞できた。
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2008/11/29
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一言でいうと、映画としてはツマラナイ部類だ。BGMもナレーションもない。淡々と食に関わる産業の風景を垂れ流す。
あのセンセーショナルな予告編を見て過度な期待してしまった人は肩透かしを食らうだろう。
自己の知識を深めるために見るつもりなら、ナレーションやインタビューが豊富な、同じテーマの、ディスカバリーチャンネルを見るほうが100倍も良い。
ただ、アートしてのドキュメンタリーとしてみるならば、これはすばらしい記録映画だ。映画として、明確な製作側のメッセージが提示されないため、受け手は自分なりの結論を導き出すしかない。
映像に登場する豚や牛や鶏などを見ていると、人間は自分が生きるために、なんと他の種の生命を軽んじているか、なんと人間は罪深いのか、改めて考えさせられる。
魚はまだいい。足がないから。人間とあまりにも違うから。
ただ、豚や牛や鶏は辛い。きっと足があるからだと思う。足があるから、気を抜くと感情移入してしまう。足があると擬人化できるせいだろうか。気を抜くと血の気が引く。
血の通った生き物を食材として加工するとき、およそそれらは生き物としての扱いを受けていない。あまりにも合理化された殺戮システムだ。ひどく残酷で、残酷さが行きすぎて、笑ってしまうほどそっけないのだ。
また、過剰な食材の供給さ加減。産業として成り立たせるにはある程度の無駄を見越して大量生産しないと採算が合わないのは当然だ。必要なものを必要な分だけ、というのが資本主義社会、貨幣経済においてはまったくの詭弁だ、という事実が画面の中からにじみ出てくるようだ。
人によってはこの映像を見て、肉など、加工の過程がショッキングだったものが食べられなくなるのではないかと心配になる。同時に食べるという行為は実に業が深い。だが、食べなければ人は生きていけないのは間違いないので、おれは食べるのをやめない。いや、やめられない。死んじゃうから。
と思いながら、ミスターイトウのチョコチップクッキーを頬張るのであった。